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福岡高等裁判所 昭和30年(ラ)30号 決定

抗告人 日乃出興産株式会社 代表取締役 堀稔

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人の抗告理由は末尾添付の別紙記載の通りであつて、これに対する当裁判所の判断は次の通りである。

不動産に対する強制執行において、その不動産が登記されたものであるときは、登記簿上債務者の所有として登記されていることが必要であつて、若し登記簿上債務者の所有に属しないことが明白である場合には、執行手続を開始することのできないのは当然である。執行裁判所は、当該不動産が債務者の所有に属しないことを登記簿により知る限り競売開始決定を為してはならないし、又若し右事実を看過して一旦競売手続を開始した場合、後に至つてこれを発見したならば、民事訴訟法第六百五十三条の趣旨に則り職権をもつて競売開始決定を取消さなければならない。もつとも、同条は、右のような手続の開始を妨ぐべき事実が登記官吏の通知によつて明らかになつた場合を規定しているが、その趣旨とするところは要するに手続の開始を妨ぐべき事実が登記簿により執行裁判所に顕著となつた場合を広く意味するものと解すべきである。

一件記録に徴するに、本件において強制執行の目的である不動産は、昭和二十九年四月二十八日競売開始決定の為された当時には、登記簿上債務者真子ツタの所有名義であつたのであるが、該不動産には抗告人の競売申立に先立ち葉山信祐のため同年一月九日代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記が為されており、次で競売開始決定の後である同年八月二十一日右葉山信祐のため代物弁済による所有権取得登記がなされている。いうまでもなく仮登記を為した場合には、本登記の順位は仮登記の順位によるのであるから、葉山信祐の所有権取得の本登記の順位は競売申立の登記に優先し、その結果、競売開始決定当時における本件不動産の登記簿上の所有者は葉山信祐であつたものと見なければならなくなつたのであり、従つてさきに為された競売開始決定は目的不動産が登記簿上債務者に属しないのにかかわらず為された違法のものであることに帰するわけである。そして、この事実は登記簿により顕著であるから、民事訴訟法第六百五十三条の趣旨に則り職権をもつて競売開始決定を取消し抗告人の競売申立を却下すべきは当然であるといわなければならない。

なお、執行裁判所が民事訴訟法第六百五十三条に則つて競売開始決定を取消すのは、職権をもつてこれを為すのであつて、たとえ利害関係人の申立等がその端緒となつたとしても、それは単に執行裁判所の職権の発動を促すものに過ぎない。本件においても、前記葉山信祐から不動産の所有権を譲り受けた重松タキの申請は、偶々原審の職権発動を促したものに過ぎないのであつて、原決定は、抗告人の主張するように、右重松タキを利害関係人としてその申立に基いて為されたものとは認められない。従つて重松タキが本件競売手続の利害関係人であるかどうかということは、原決定の適否を判定するに当つて、何等影響するところがないのである。

以上の理由により原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却するものとし、抗告費用について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り決定する。

(裁判長判事 森静雄 判事 川井立夫 判事 佐藤秀)

抗告の理由

既に競売開始し進行中の本件競売開始決定に対し民事訴訟法第六五三条(以下単に民訴法と略称す)の規定を適用競売開始決定取消及競売申立却下の決定(以下単に本件決定と略称す)せられたるは甚だ失当と確信する。

其の理由は

(一)民訴法第六五三条の規定は競売申立書其他必要添付書類の不備又は補正を要する事項或は同法第六五一条に基き競売の申立ありたることを登記簿に記入すべき旨登記官吏に嘱託したる場合登記官吏の為したる通知(即ち不動産の所有名義人が債務者でない場合とか反別不突合等)に依つて裁判所が為すべき規定で、開始決定の際其事実なく登記完了し競売手続進行中偶々その中間に於て為されたる本件の如き場合直ちに本条を適用すべきものでないと思惟する。即ち競売開始決定登記後其競売申立不動産に対し爾後如何なる登記事項の生ずる共裁判所が本条を適用し職権を以つて処断すべきではなく、其場合は当事者及び利害関係人の意思係争に委せるを相当と思考す、それは登記官吏に競売申立後の物件に対する如何なる登記事項の変更に対しても何等通知の義務を規定せざる民訴法及び登記法上より徴しても明かである。重復陳述する様であるが此民訴法第六五三条の規定は開始決定より同法第六五一条登記記入終了迄の適用規定で本件の様に既に其過程を終り競売手続進行中而かも突如裁判所が職権を以つて処置すべきではないと確信する。本件競売開始決定後に於て本件決定理由中記載の如き事実生じたりとせば利害関係を有する者即ち本件の場合は仮登記に対する本登記を為し所有権取得したりと称する葉山信祐より競売申立の取消或は排除の請求を為すべきもので 勿論此場合訴訟手続に依るべきは当然である。

事実上競売申立人日乃出興産株式会社より謂わしむれば競売目的不動産の価値は百万円以上にも推定せらるるものを僅か金弐拾万円也の貸金債権(仮りに之れに若干の違約損害金を加算したりとするもこれ亦僅少)金額の為め故意に競売手続に依らず代物弁済として厖大に債権額を超過する不動産全部に対し所有権取得せるは不当も甚だしく、これは勿論他の債権者の債権を侵害する為め当事者共謀の詐害不当行為と認定し之に対し極力追及争はんと欲するものである 尚葉山信祐は該所有権物件を取得すると殆んど同時に債務者と同居の近親者重松タキ(現所有者)に売渡せる事実より看ても之を推知し得らるる所である。

(二)次に本件競売事件に対し民訴法第六五三条を適用されたる理由を検討するに現在の物件所有者前示重松タキなる者より取消申請しそれに基いて本件決定されて居る所であるが、其申請書には、(一)申請人の地位 本件強制執行に対し目的物の所有権を対抗し得べき、仮登記権利者(本登記をこの開始決定後になした)からその所有権を取得しその登記を為した現所有者である。と記載されて居る通り、此の重松タキは前示葉山信祐が仮登記を本登記に引直し所有権取得したりとして更に其全不動産を重松タキに売渡し現在登記簿上、其重松タキの所有名義となつて居る事は前示の通りであるが、其所有権移転登記の際前順位に日乃出興産株式会社の競売申立登記のある事は知悉しながら登記を受けて居るのである。故に競売申立登記の現存する以上次順位登記権者は先順位競売申立の登記に対抗為し得ない事は登記法上明白である、従つて本件競売事件に関しては無関係者と謂うべきは勿論にして民訴法第六四八条に規定する適格の利害関係人と認定すべきものではないと思惟するにも不拘、此者の申請に基いて競売申立人たる日乃出興産株式会社には何等の意思の陳述を得せしめず一方的に申請の主旨を採用し競売進行中真に突如本件却下の決定を為されたるは大なる手続上の過誤で且つこれは明に民訴法不干渉主義の本則にも悖る次第で甚だ承服し難い所である。尚重松タキの取消申請に記載せる如く仮登記権利者葉山信祐が競売申立人日乃出興産株式会社に対し、本登記後対抗権ありと仮定しても此競売申立登記ある儘買受けたる現所有者重松タキが対抗権も共に承継権利取得せりとの見解は法規上より看て甚だ前後矛盾の曲解なりと反駁する所である。

(三)重松タキが本件競売の取消を求むる意向あらば前掲の如く競売の進行を停止し正式に訴訟手続に依つて正否を争うべきが至当で単なる一片の申請に依り取消を求め又之を裁判所が一方的に受理し進行中の競売に対し本件決定をなしたるは両者共に失当違法の行為甚大と謂わなければならない。其事実は重松タキの取消方の申請書面中

一、疏明 本日別に申請の御庁昭和二十九年( )第 号強制執行停止決定申請事件の疏明方法(土地登記簿謄本)

とあり申請人重松タキ本人もこれを肯定、其意思にて提出したものなる事は容易に伺知せらるる次第である。

(四)本件に類似せる昭和五年二月大審院民事部の決定あれ共之は主として仮登記の効力を論じ延いては民訴法第六五三条に言及したもので本件強制競売を為したる場合とは甚だ差異あり且判例そのものも相当年数旧く直に無条件にて本件競売事件に依拠処置すべからざるものと思惟する。

以上列記の理由に依り原決定に対しては不服に付茲に抗告を為し、原決定の取消を求むる次第であります。

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